2008年09月30日

リチャード・クー

この15年間、日本が経験してきた不況はどこの経済学者も説明していない、どこのビジネス書にも載っていない、きわめて特殊な不況だった。回復に15年もの時間がかかったのはそのためだ。


経済学が想定していない「金利ゼロで借金返済」


 どういう意味でこの不況が特殊だったのか考えてみよう。まず日本企業がどのくらい資本市場から資金を調達してきたのかを、短期金利と組み合わせて見てみよう(下のグラフ参照)。日本企業はバブルの時まで、カネを調達していろいろなことをやってきたわけだが、バブルが崩壊すると一転して企業の資金調達が急速に減少しはじめる。短期金利もどんどん下がって、95年ごろにはほとんどゼロになる。ところが企業の資金需要はそれでも減少を続け、96年ごろからマイナスになる。これは企業が借金を返済していることを意味する。


ようやく借金返済を終えた日本企業
<拡大図はこちら>



 世界のどの経済書、ビジネス書を見ても「金利がゼロでも企業は借金を返すべきだ」と書いた本は一冊もない。これは、「企業経営者があまりに無能で、ゼロ金利でもカネの使い方が見つけられない」ということに等しい。「企業は一般の人々より金儲けがうまいから、株主はカネを投資して自分たちの代わりにカネを稼いでもらおう」というのが企業の本質だからだ。


 それが、「企業経営者があまりに無能で、ゼロ金利でもカネの使い方が見つけられない」ほど金儲けが下手な企業なら、さっさと解散して株主にカネを返し、株主はどこか別の企業に投資すればよいということなる。したがって、どこの経済学でも「企業がゼロ金利で借金を返済すること」は想定していない。ところが、日本企業がすさまじいペースで借金返済を行ったことは、このグラフを見ればわかる。


 特に98年や2003年には、年間30兆から35兆円もの借金返済が行われた。これは日本の年間GDPの6−7%に相当する。


 では「なぜ企業が借金返済をしたら景気が悪くなる」のだろうか?普通の国では、家計部門の貯蓄を証券会社や銀行が仲介して、企業部門が使うことでカネが回っている。例えば家計に1000円の所得があり、そのうち9割に当たる900円を自分で使い、残りの100円を貯金したと仮定しよう。使った900円はそれを受け取った人の所得となって経済の中で回っている。


 次に、貯金した100円は銀行などの金融機関に入る。銀行はこのカネを企業に貸し、企業がその借りた100円を使う。そうすると、家計が使った900円と企業が銀行から借りて使った100円の合計1000円が次の人の手に渡る。1000円の所得に対して1000円の支出が生まれて、これで経済が回る。


 もし、家計が貯蓄した100円を借りる企業が少なかったり、80円しか借りてくれなかったりした場合には、銀行は貸出利率を下げる。金利が下がれば、それまでカネを借りることに躊躇していた人が借りてみようと考える。こうして残りの20円を借りて使ってくれれば、家計が使った900円と企業が借りて使った100円で合計1000円が次の人の手に渡り、経済が回っていく。


 逆にカネを借りたい人が多すぎて100円では足りない場合には、銀行が金利を上げれば借りるのをやめる人が出てくるので、最終的に100円だけ貸し出されることになる。


 しかし、今の日本は金利をゼロにしてもカネを借りる人がいない状況だ。それどころか、数年前まで何十兆円規模で借金返済をしていた。そうすると1000円の所得があった人が900円を使い、残りの100円を銀行に預けても、この100円を借りて使ってくれる人がいない。つまり、家計からは新たな預金がどんどん銀行に入ってくるので、銀行は誰かに貸そうとするが、肝心の借り手がいないのである。そこで銀行は金利をゼロにしてみたが、やはり借り手は現れない。


「家計の貯蓄+借金返済額」が銀行に滞留


 そうなると、個人が預けた100円は銀行に滞留してしまう。もともと1000円の所得があったのに、実際は900円しか使われていないわけだ。ということは、次の人たちの所得は1000円ではなくて、900円ということになる。


 その人たちが900円のうちやはり9割の810円を自分で使い、残りの90円を貯金したとする。すると、810円は次の人の所得となるが、銀行に来た残りの90円は誰も借りる人がいないので、また銀行のなかで止まってしまう。


 このプロセスを繰り返していくと、1000円→900円→810円→730円…と瞬く間に所得が減って、経済はデフレスパイラルに陥ってしまう。


 経済が悪化すると資産価値が更に下がり、その事実が更に企業を借金返済に駆り立てる。個々の企業にとって借金返済は責任ある正しい行動だが、全員がその方向で動くことで、経済全体にとんでもない「合成の誤謬」(一人ひとりが正しいと思って取った行動でも、たまたま全員が同じ行動を取ってしまった結果、当初の想定と逆になってしまうこと)が発生してしまう。これがこの種の不況のいちばん怖い部分なのだ。


 この悪循環が繰り返されると、経済は家計の貯蓄額と企業の純借金返済額の合計分だけ需要を失うことになる。この合計金額が借り手不在のまま、銀行から出ていかなくなってしまうからだ。


どうして、日本ではこういうことになってしまったのか。それは資産価格が下落したからだ(下のグラフ参照)。これは代表的な資産価格を示す東証株価指数、6大都市商業地地価、ゴルフ会員権指数の推移をまとめたものである。現在、株価だけはピーク時の46%下落(2007年9月21日時点)にとどまっているが、これはこの15年間、外国人投資家が買い支えてくれたからだ。実際、株式市場では外国人投資家が大幅な買い越しという状況が続いていた。ところが、外国人投資家がつい最近まではいってこなかった市場は、商業地がピークから83%、ゴルフ会員権が93%の下落という惨憺たる状況になってしまった。


バランスシート問題を引き起こした資産価格の下落
<拡大図はこちら>



 ゴルフ会員権はともかくとして、商業用不動産は金額も大きく、購入する企業のほとんどが、銀行からカネを借りて買うのが普通だ。


 ところがバブル崩壊によって、多くの企業は不動産を買った時の借金が残ったまま、購入した不動産価格が大幅に下がるという事態に追い込まれてしまった。言い換えれば、借金に見合う資産がなくなってしまったわけだ。


 例えば、100億円を借りて不動産を購入したのに、今その不動産の価値は10億円しかない。ところが借金はまだ70億円残っているという状況になってしまったのである。この部分だけ取り上げれば、この企業は60億円の債務超過になっている。負債と資産はマッチしなくなり、バランスシートが大きく毀損したわけだ。債務超過になれば、その企業は倒産ということになるが、これは普通の倒産とちょっと違う。普通の倒産は「売れない粗悪品を作った」「マーケティングに失敗した」などが原因だ。


 これなら、その企業が作った商品が世に評価されなかったわけだから、舞台から降りてもらおうということになる。しかし、この15年間、日本企業はずっといいものを作ってきた。その証拠に日本は世界最大級の貿易黒字国だった。商品開発力、技術力、キャッシュフローも健全だった。ところが、国内でこんな資産価格の下落が起きてしまったのでこういう状況が日本中で起こり、多くの企業が債務超過になってしまったのだ。


その際、企業経営者はどういう行動を取るか。商品開発力、技術力、キャッシュフローは健全だが、バランスシートは水面下。こうなると、誰でも取る行動は同じ。「本業のキャッシュフローで早く借金返済しよう」とするのである。構造問題なら別の解決策が必要だが、バランスシートの問題は企業にキャッシュフローがある限り、「時間をかければ」いつかは必ず片付く性質のものだからだ。


 もしこういった企業を「債務超過」ということで破綻させてしまえば、その企業の株券は紙切れになり、その企業への融資は不良債権になってしまうので、出資者、債権者に迷惑をかけることになる。そこで、金融機関や株主などのステークホルダーが「この問題は時間さえかければ解決する」ということで利害が“一致”して、日本の企業が一斉に借金返済に走ったのである。


 つまり、ミクロで見れば、こうした企業経営者の行動は全く正しい。皆さんが経営者だったら、おそらく同じ行動を取っていたと思う。問題は、全員がそれをやったらどうなるかだ。


 家計部門は貯蓄しているのに、企業がみんな借金返済に走れば、デフレスパイラルが起き、その結果、経済全体がダメージをこうむってしまう。いわゆる「合成の誤謬」だ。


 では、どのくらいダメージかを示したのが下のグラフである。その金額はなんと1500兆円。日本国民が蓄えていた個人資産とほぼ同じ金額がなくなってしまったのである。これは日本のGDPの3年分に相当する。人類史上、平時に失われた富としては最大ではないだろうか。

posted by 伊藤園 at 02:07| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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